1999年の
結果と
今年の見通し
2000年にもひき続き発見される可能性があります。
氷河の専門家による予測がたてられています。
  1999年は 会員 小林尚礼(バコヤシ)君の 長期現地滞在と努力により
数多くの結果を得ました。
1998年とほぼ同じ状況で発見されています。


■99年11月1日現在 すべての隊員の遺品が確認されています。■
遺体収容 99、7月11日 人見氏が梅里雪山の遺体収容から帰国。
4遺体の遺骨と遺品を持ちかえりました。
1999年6月
新たに
遺体発見
収容隊を現地に派遣
7月1日 午後3時40分、徳欽県に到着。
7月2日 無事明永村に到着。
7月3日 7:00明永村出発→12:00BC到着。氷河の状況が大きく変わ
      っているため午後はルート工作。ルート偵察、確保後、中国側は18:00にB
      C帰着。ハイガとバコヤシも19:00にBC到着。明日は予定通り現場に行き
      遺体を収容する予定。
  7日頃中甸→大理(火葬)
1999年4月24日 第二次梅里雪山峰学術登山隊隊員の慰霊法要を、4月24日比叡山延暦寺阿弥陀堂
にて営み、遺族や会員約70名が悲しみを胸に、故人の冥福を祈りました。
午後は横川の慰霊碑で納骨法要を行いました。
慰霊碑の建立と
納骨式
比叡山に慰霊碑が建立され法要が営まれました。
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  梅里雪山遺体発見から現在までの経緯

第1次収容隊報告
     メンバー

 

日本側:牛田一成、中川 潔、伊藤 宏範、小林 尚礼の4名が、7月28日発、
中国側:李至新、 干良璞 、 羅申
雲南側:劉長寿、 木世俊、 袁紅波、 尼瑪甲称、 高虹(明永)、 張俊(徳欽)、
     李偉(徳欽)                
1991年1月3日〜4日 日中17名遭難
1998年7月18日 明永村民3人が放牧中、 明永氷河(ナイノゴル氷河) 3800m付近で
遺体と遺品を発見。
明永村と明永氷河
(ナイノゴル氷河)
3800m付近
アイスフォール下
の中段

以下写真
伊藤 宏範

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        28日 牛田ら4人、 李致新ら3人昆明着。遺品確認
(近藤、船原、広瀬、児玉、笹倉、工藤、王、李、)
ビデオにて現場確認。打ち合わせ。
         2日 明永(2300m)→氷河末端(2600m)→BC(3350m)。5時間半。
         3日 BC→氷河取付(3500m)→現場(3700〜3800m)。 1時間半。

遺体遺品が広がっている現場は第3キャンプ(5100m)から約4km下流
(現場〜氷河末端迄は約3km)。

クレバスはそれほど大きく開いていない比較的平坦な場所。
遺体遺品確認し、氷河上の数か所にまとめる作業。3時間。
雨がきつくなりかなり寒い。取り付までの回収を明日とする。
遺体は日方5(児玉、米谷?、近藤?、)、中方(宗?、孫?、)、
不明3,合計10人を確認。
遺品大袋20個回収(宗森遺品確認)。18時半BC帰着。
この日の交信では、明日、村民の協力がBC以上で得られず、
自力で下ろす予定であった。

アイスフォール下
の中段
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遺体遺品
の状況
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アイスフォール下
の中段での
回収作業
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       5日 遺体遺品を取付まで収容作業。6時間。付近を見渡すも、もう何もない。
明日村民が遺体遺品を取付から明永を越えてメコン川にかかる橋(2000m)まで
運んでくれることとなる。17時BC帰着。
遺体遺品は、村民により取付から、収容隊はBCから出発。
徒歩でメコン川まで。4時間。
後はジープで徳欽まで。ときどき梅里頂上が見える。暑い1日。
      6日 徳欽6時→中甸12時→大理12時→。火葬場で張俊、法医らによる遺体の確認、
米谷、近藤、宗、孫と確定。
家族団ら昆明着(広瀬両親、米谷父、船原両親、児玉両親、笹倉両親、
工藤両親姉、近藤夫人、岩坪、中山)。
      7日 午前、火葬。式の準備。遺品公正証作成。家族団大理着。
午後、式。遺骨、遺品の手渡し。
 

 

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      8日
      9日
     10日
午後、大理→昆明。夜、家族団による答礼宴。
家族団ら昆明→上海→日本(関西、成田)。
午前、昆明にて記者会見(岩坪、伊藤出席)。午後、岩坪ら昆明→北京
     11日 李致新ら遺骨とともに昆明→北京。北京郊外、万仏園に納骨。               夜、戴文忠国家体育運動委員会人事部長、史占春らと会食。
     12日 日本国大使館領事部へあいさつ(亀井啓次二等書記官)。                  岩坪・伊藤、北京→関西。(京都)遺品を宗森父に渡す。
13日〜14日 中国家族団からの預り物を井上夫人、佐々木夫人、清水両親に手渡す(伊藤)。…
  27日 新たに1遺体と遺品発見(24日)の知らせが張俊よりはいる。
牛田、山田に雲南雪を依頼。
9月はじめに出発の予定で準備中。
第2次収容隊
9月1日 牛田一成、山田 和人 関空発
今回の遺体遺品は前回発見されたもののの一部であることがわかりました。
以下写真
牛田一成
発見現場から
梅里雪山頂上
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ライロゴル氷河
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